別居中における本当のタイムリミットとは?夫婦に限られた時間の真相に迫れ!!

皆さんこんにちはアンラッキーマンです。

今回は別居中における本当のタイムリミットとは何かについてお話ししたいと思います。

あ、もちろんこのブログは別居中の夫の方々にポイントを当てていますので妻が家出をしたと想定してお話しします。

夫が妻と離れ離れになり別居状態に陥ってしまった際に、「一体自分はどのくらい別居期間を過ごせば妻とよりを戻すことができるのだろうか?」と不安に陥ってしまうことでしょう。

その結果、必要に妻を追いかけ毎日のように電話をしたりメールをしたりしてしまうのです。

しかしそんな行動とは裏腹に焦る気持ちばかりが先走り何一つ変化のない毎日。

そんな日が続くことで心身ともに不安になり仕事も手につかない状況に陥ってしまうのです。

そして多くの人たちはこう思うのです。

一体いつになったら復縁できるのだろうか?

このまま復縁できなかったらどのくらいの期間が過ぎると婚姻関係が破綻してしまうのか?

この結論については以前に「別居中に避ける夫婦のタイムリミットはいつ?」と言った回でお話をさせてもらいましたが法的にこれと言った定めはないものの調停で婚姻関係の破綻が認められてしまう持って5年~7年が限界だとお伝えしました。

しかし、この別居期間5年~7年がタイムリミットかと言えば実はそうではないのです。

これは民法上、離婚もやむを得ないと認められる基準であって現実にはそんな長期間も婚姻関係の継続が許されるほどこの問題は生易しいものではなかったのです!!

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離婚を決意し別居に出た妻の心理

夫婦どちらかの一方的な別居は「婚姻関係を継続し難い事由」に相当するように見えますがこれを理由に強制的に離婚する事など出来ません。

しかし、「じゃあ妻を無理にでも連れ戻せるか?」と言えばそんなことはまずもって不可能です。

となればこのまま別居したまま均衡状態が保たれるしかないのです。

1週間が経ち、3か月が経ち、半年が経って行く・・・。

月日の経つのは無情にも早く夫婦間の関係が修復されないままただただ日にちだけが過ぎるのです。

そして気が付けば法的に定めはないものの調停で婚姻関係の破綻が認められがちな5年に到達・・・。

とはなりません!!

現実問題、そんな5年も7年も妻が待ってくれるわけがないのです。

離婚し新たな人生を生き抜くことを決意した妻はまだ20代~40代。

いくらでも人生のやり直しが効くでしょうし、新たな出会いもあることでしょう。

そして日に日に老いて行く自分の姿を前に一日でも早く今の夫と離婚したい気持ちは増していくのです。

そう、今の家庭よりも将来の自分を優先し決断する瞬間が訪れるのです。

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別居における本当のタイムリミット、それは妻の心が夫から完全に離れてしまった時

今の夫との夫婦関係にピリオドが打たれるとき。

それは妻の心が夫から完全に離れてしまった時なのです!!

そしてこれこそが別居における本当のタイムリミットなのです!!

別居直後というのはまだ別れて日も浅いことから夫のことを何かしら考えたり顔を思い浮かべたりするもの、それが人間です。

それがどんなに腹を立て夫を憎みに家を出た妻とて同じこと。

しかし実家に帰り妻の姑と自分の子供に囲まれ嫌な夫から離れた世界で生きることで「もう二度とあの夫のいる家に戻りたくない!!」と思うようになるのです。

そしてしまいには夫から気持ちが完全に離れてしまいそうなるまでにそんなに長い期間は必要ないのです。

どんなに夫が頑張っても一年!!

この一年が限界でしょう。

そして覚えておいて頂きたいことはこの別居状態の妻が万が一にも改心すると仮定して夫に気持ちが振り向き完全によりを戻しても良いと思う気持ちになれるにはかなりの時間を必要とすることです。

それがどれぐらい必要かは人に寄り切りですが少なくとも妻が「復縁しようかな」決めてすぐに家に戻るようなことは絶対にありません。

半年、一年も夫と離れていたとすると夫婦といえど元々が赤の他人であり、またひとつ屋根の下で暮らすと言った新たな決意がなければまずもって妻は戻ってこないのです!!

「別居期間のタイムリミット・復縁にむけて」まとめ

以上のことから妻が復縁に至るには2段階の準備期間がある言えるでしょう。

一つ目は復元をすると改心し復縁すると決意する日までの期間。

そして二つ目はその決意をしてから家に戻るまでの準備期間です。

この二つの復縁に至る期間を合わせてみても1ヶ月や2ヶ月で家に戻ることなど決してないのです。

復縁とはかなりの労力と時間を費やすものです。

そして夫にとっては厳しい現実世界を目の当たりにするもの。

生まれて初めてこれほど過酷な日々を送るはめになるとは思いもよらなかったことでしょう。

しかしそんな日々を乗り越え新たな自分を妻の前にさらけ出した時、初めて妻の心が揺れ動くのです。

そして妻との復縁が成就する期間、それは妻にあなた自身が心から変わったと思ってもらえるまでの時間なのかもしれませんね。

コメント一覧

  1. K より:

    アンラッキーマンさん、こんばんは。

    そうなんです。
    お金のことも感覚が違うと感じています。
    ただ、自分の想いが妻と子供にあることを届けるためにしていました。
    不動産は、私が建設段階から全て行い、息子の名前をつけました。
    父は脳梗塞で寝たきりの状態で、父の実家の跡取りが誰もいなかったので、息子が生まれて家族で相談して決めました。
    妻は、何一つ喜ばなかったし、借金だと勘違いしてますが。

    • unluckyman より:

      >Kさんへ
      KさんもKさんのご両親も非常に家庭的ですね。
      どんな環境にも耐え続け今の幸せな家庭を築いてきた様子が伺えます。

      ただ今の奥さんにKさん家族と同じような家庭を求めるのは無理があるような気がしてなりません。
      Kさんのご両親は息子さんが生まれて本当に喜ばれたことでしょうね。
      非常に残念でなりません。

  2. K より:

    アンラッキーマンさんに、相談しているのに申し訳ないのですが。。

    元家庭裁判所の調停員をしていた、区の相談員の方にも相談してみました。

    その方は、妻との修復には時間がかかると言っていました。

    1、妻と妻の母親の蜜月関係が、おかしいことを妻自身が気づかないといけない。
    そのためには、直接妻と相談員が話せれば、少しでも母親との関係を見直すことに協力できるが、妻本人が嫌がる可能性もあり難しい。

    2、妻にとってはなんでも受け入れてくれる器の大きなパートナーが必要。
    私は、正論、正直で、妻にとっては、モラハラ、パワハラに感じたのだろう。
    妻がおかしいと思っても、妻のことを全て受け入れて、その結果、家族が不利益をこうむったら、その事に二人で向き合う。
    何にしろ、反論しないで、『そうなんだ。そう感じたんだね。そう思うんだね。』と受け入れるようにしないとダメ。
    愛するってことは、相手がおかしくてもありのままを受け入れてあげないと。
    特にひとりっ子で、今まで何でもいいよ、いいよと育てられた妻には特に。

    3、一番傷ついてるのは、息子。
    自分の気持ちに蓋して、我慢してる。

    子供と妻を大事にするなら、話し合いで結論は求めずに、自分が二人を思っていることを伝える。
    無意識にしていたパワハラをやめる努力をしているし、変わる努力を続けることを伝える。
    後は、妻の主張をそうなんだ。そう考えてるんだと聞いて受け止める。

    以上のことをアドバイスして頂きました。

    『本当に愛してるのなら、時間をかけて会いに行く以外ない。』
    『道のりは長いよ。』
    『生活費は、今まで通り続けて、受け入れることからはじめて。』
    『今度の話し合いでは、相手を否定せず、結論をださないように。』

    と最後にも言って頂きました。

    • unluckyman より:

      確かに元調停員の方が言う事も一理あります。
      でも、もうKさんはそんな元調停員の方のアドバイスを十分に実行して来たのではないでしょうか?

      奥さんの言いなりに我慢をし続けることも大切です。
      例え奥さんの言い分がおかしくても容認してあげられる広い器を持つ。
      自分がどんなに苦しい状況下でも生活費は欠かさず渡し続ける。

      でも、これには限界と言うものがあります。
      Kさんが全てを犠牲にし後になって財産も全て失い無一文になり、離婚をされたりでもしたら何も残らないことでしょう。

      だからこそ別居には「別居期間」と言うものが存在するのです。
      自分で決断を下す勇気は並大抵のことではありません。
      しかし、その問題から逃げ続けているようでは決して明るい未来はないことだと思います。

      おつらいでしょうけどやはり1年なら1年と期間を設け、それでも駄目ならきっぱりと諦める。
      私も過去に別居して1年半を経過した頃にはKさんと同じような状況下の中、完全に離婚を決意していました。

      しかし、自分の場合は偶然にも妻が戻ってきた。
      でも、やっぱり家庭に非協力的な妻の態度は変わることはなかったです。

      そして気が付けばあれから15年が経過し耐え続けてきましたが駄目なものは駄目だった。
      Kさんにはそんな人生は歩んでほしくないと思います。